インプットにインセンティブを与えるべき?

子供の教育とご褒美については、
長らく議論されているトピックだと思う。

成績が良かったらご褒美が貰えるのと、
勉強をしたらご褒美を貰えるのとでは、

統計的に優位に後者のほうが成績が良くなるらしい。

これは、
アウトプット(ここでは成績)に対してご褒美を与えるよりも、
インプット(ここでは勉強)に対してご褒美を与えたほうが、
効果が高いということを意味する。

これって、社会人でも当てはまるのかな、と。

例えば、
通常営業マンのインセンティブは
アウトプットである営業成績に対して与えられる。

これを、
何件回ったかとか、営業行為の頻度などのほうに
インセンティブを与えたほうが、統計的に成績が良くなる、
ということなのか。

おそらくは、
トップセールスマンのパフォーマンスは落ちる一方で、
全体としての成績は上がるという結果になるのかも知れない。

なかなか興味深い。
誰かやってみてくれないかな。

カリスマ経営のジレンマ

東京で働いていた頃は、
主に客先の企業でシステム開発をすることが多かった。

色々な企業でシステム開発をした。
誰でも知っているような大企業が多かった。

中にはカリスマ経営者(と一般に呼ばれている)が経営する企業もあった。

カリスマ性は人を集めたり、
人を動かすのに有用だが、
弊害も多い。

実際にそういった企業で働いてみて思うことがある。

ブラック企業になりやすい

カリスマ経営者の企業は基本的にワンマン経営だ。

どこの企業も経営者が最終決定を下すのは同じだが、
カリスマ経営者の企業は、
さらにその傾向が強くなる。
しまいには、その経営者の気に入るような意見しか出なくなる可能性が高い。

長時間労働が多くなるが、
それは容易に正当化される。

タイで薬局を経営している知人が、
「ブラック企業にできる経営者はある意味尊敬できる」
と言っていた。

彼の意味するところは想像に任せる。

後継者が現れにくい

カリスマ性で経営することの最大のリスクは、
そのカリスマ性にあると思う。

カリスマ性を動力源とした企業は、
それが動力源であるがゆえに、
カリスマ経営者がいなくなった時、
会社として機能するのが難しくなる。

それを補うのが理念だが、
カリスマ経営者と呼ばれる人間に、
本当の意味で理念があるかどうかは、

その経営者がいなくなった後も
その会社が長く続くかどうかでわかるだろう。

一人型経営の醍醐味

起業というと、
何かでっかいことをやるんだ!
みたいなイメージを持つ人が少なくないだろう。

しかし、ウチ(オレと妻)は全くそんなことは考えていない。
現在、オレも妻も別々に会社を立ちあげている。
従業員はゼロ。

今後も基本的に従業員はゼロのままで行くつもりだ。
バイトみたいなスタッフを使ったり、外注をすることはあっても、
社員を雇うことは今のところ考えていない。

理想は従業員ゼロだと思っている。

別に、大きい会社を作ろうと考える人を批判するつもりはない。
目指すものが違うだけだ。

オレたちにとっては、
従業員を雇うリスクと手間が煩わしい。
今の、いわゆる一人型経営が性にあっているのだ。

だから、
会社を大きくすることで莫大な売上規模を目指すのではなく、
従業員ゼロで売上を最大化することを目指している。

一人型経営でも売上1億は可能

一人型経営の会社のほとんどは、
年商1000万円以下だ。

しかし、中には1億を超える売上をあげている人も存在する。

もし、
自身が一人型経営で年商1億になったら、
そして粗利が8割を超えるようなビジネスをしているとしたら、
どうだろうか?

自分に対して最大8000万円の役員報酬を支払うことができる。
実際にはそんなことはしないが、理論値としては可能だ。

地位や名誉などいらず、
純粋に自由に使えるお金があればよいだけなら、
一人型経営で良くない?

人の悩みの大半は、人間関係とお金だ。

思い通りに働かない従業員を管理する煩わしさから解放され、
好きな時に働き、好きな時に休む。

これが一人型経営の醍醐味ではないかと思う。

金持ちになるなら無名がいい

誰だって金持ちになりたい。

いや、俺は金持ちなんかなりたくない!
お金なんか持つと不幸になる!

なんて言ってる奴は、
どうせなれないから自分にウソをついているか、
既に金を持っている奴に違いない。

オレが知っている例でも、
金が絡んだ親兄弟の争いが絶えない家系に生まれたせいで、
もうお金なんか見たくもない、なんつって、
月200万円仕送りしてもらいながら白金のマンションに一人暮らししている娘がいる。

○○○○っ!

お金はあって困るものじゃないんだから、
金持ちになれるものなら、なったほうがいいに決まっている。

カネで争いが起きるのは、カネのせいじゃない。
どんなに金持ちでも心が貧乏な人間はいるものだ。

それよりも問題は有名になるかどうかだ

世の中には有名になりたいと思う人もいるので、
それ自体を批判するつもりはない。

オレもそんなことをちらりと考えたこともあるからわかる。
でも、今のオレはできる限り無名のまま金持ちになりたいと思っている。

いわゆる有名税ってヤツだ。うん。

せっかく金持ちになって、自由にお金が使えるようになったのに、
有名であるがゆえに不自由を被るなんてのはゴメンだな、と。

いや、そんなの気にしなければいいのかも知れない。
しかし、世の中必ず妬む人間はいるものなので、
無駄に叩かれたり、嫌がらせを受けたりするのは本当にメンドクサイだろうな、と。

日本を出ればいいのかも知れないけど、
多分日本からは出ないだろうしなぁ。

そんなに有名人と友達になりたい?

そら、わからんことはない。
でもね、ホント意味ないと思うよ。

オレの知り合いで、
やたらと有名な人と知り合う人間がいる。
どこで繋がったんだ?と聞きたくなる。

本人はあまりそのつもりはないようなのだが、
異常なほど人を惹きつけるという特性があるので、
それが関係しているのかもしれない。

でも、話を聞いたり、その後の顛末を観察していると、
有名人とか、権力者とかと繋がってもあまりいいことないな、
と思うようになった。

その知り合いも言っていた。
「結局、自分が困った時に助けてくれるのが本当の人脈だ」ってね。
有名人と知り合いになることにそれほど意味はない。

彼を見ていると、
異常なまでに人を惹きつけるという特性にも
デメリットがあるんだなぁ、と思う。
自分にとってどうでもいい人まで寄ってきてしまうからね。
ある意味かわいそうだな、なんて最近は思ってる。

そんなわけで、
有名になることには、全くといっていいほど興味がなくなってしまった。

でも金持ちにはなりたい。
無名な金持ちっていうのが実は最強なんじゃないかと思う。
少なくともオレは。