セルジオ越後はなぜ判で押したように批判ばかりするのか

辛口で知られるセルジオ越後。

日本代表の試合があると必ずスポーツ紙が彼のコメントを引用する。
見慣れた光景。

そして彼の辛口コメントも見慣れた光景。
日本人はやたらと批判が好きなのだろうか。

メディアも、
どんなにいい試合をしたって課題を探す。
探しまくる。
どんなことをしてでも探す。

そんなの本人たちに任せればいいのに、
とオレは思ってしまう。

まぁ、セルジオ越後の場合は
サッカー経験者だからこそ辛口になるのかも知れない。

もう一つは、
「セルジオ越後=辛口」というキャラで食っているというものあるだろう。
今さら辛口でなくなったら、セルジオ越後ではなくなる。
そうするともう、誰にも必要とされなくなる、ということなのか。
少なくともメディアには。

メディアの偏向報道の可能性

あと可能性としてあるのは、メディアの意向。

2日前のブログでも書いたが、
メディアというのはかなりいい加減である。

基本的に自分の考えに沿うように編集を加えている可能性がある。
つまり、自分たちにとって都合のいい部分だけを切り出したり、
言葉遣いを変えたりすることで、イメージの操作を行ったりする。

一番わかりやすいのは画像かも知れない。
最近だと、ベッキーの不倫騒動の会見の画像がわかりやすい。

オリコンのベッキー東スポのベッキー

画像の出典は、左がオリコン、右が東スポだ。
全く同じ記者会見だというのに、この違い。

画像から受けるイメージには天と地ほどの差がある。

メディアがこういうことを平気でやる背景には、
とにかく自分のとこの読者を増やすという目的があるからだ。

批判記事ほど人を寄せ付ける。
なぜなら、世の中はネガティブな記事に群がる層のほうが厚いからだ。

だから数を集めるという目的を達成するには
ネガティブな記事が良いのだ。

よく考えてみると、気づくと思う。
辛口コメンテーターはよくいるが、
甘口コメンテーターというのはいない。

セルジオ越後に限らない。
マツコデラックスしかり、有吉しかり。
サンデーモーニングの「喝だっ!」しかり。

オレはセルジオ越後に直接会ったことがことがあるわけではないので、
彼の本当の人となりを知っているわけではない。

ただ、メディアに利用されているなぁとは思う。
まぁ、そのおかげで彼も食っていけるわけだから
持ちつ持たれつではあるのだけれど。

ただ、セルジオ越後が何か失態を犯したら、
メディアは容赦なく彼を一刀両断にするだろう。

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